イントロダクション その3 (20060715患者本人のメモ)


7月15日(土) 発熱3日目
早朝5:00頃?あいかわらず高熱でよく眠れず。しんどくてたまらず。
もう週末だし転院して入院しないとまずいと感じる。
      診療にいってもうまく説明できないだろうとメモを書き出す。

8:45  M医院(3日目)  診療
      検温 39℃以上。左頚部の腫れはどんどん大きくなり5cm以上。
      転院を申し出て紹介状を書いてもらう。
      抗生物質を点滴でうってもらうが吐き気がして途中でやめてもらう。

12:30 紹介状をかいてもらいカミサンの車で某総合病院へ移動し緊急診療。

13:30 担当科の先生が不在のため診断できず。別の病院を紹介してもらい、
      カミサンの車で再度移動。

15:30 再紹介されたT病院で緊急診療をしてもらう。
      受付待時高熱で意識もうろう。あやまって女子トイレにはいってしまい、
      カミサンが連れ出す。このときの緊急検査・診断では
      扁桃腺から雑菌が進入 → 毒素が体内に進入 
→ リンパ腺左頚椎の腫れ → 高熱(39~40℃)

17:30頃? 一般病棟に入院
        抗生物質・点滴、解熱剤を処方される。

19:00頃? 夕食 通常食を完食。解熱剤が効いたか楽になる。
  抗生物質をうって一週間ぐらい入院かな。。。ということで
まあやれやれと思っていたところが。。。。

深夜2:00頃? 突然猛烈な吐気。夕食を全てもどしてしまう。
       なんとか壁際のナースコールに手を伸ばし「苦しい...。」と伝えた直後気を失う。
      
 ?分後? ナースに頬をたたかれようやく気がつく。顔は吐瀉物まみれ。
さらに失禁。 吐気。そして心臓をぐっと握りつぶされているような痛みで
呼吸ができない。
        
早朝4:00頃? 2回目の発作 
        ナースに背中をさすってもらう。吐気。でももう吐くものがない。
       心臓のしめつけられるような痛みはますます強くなる。
       採血、心電図。ICUの夜勤の先生の判断でついにICUへ
       ストレッチャーにのせられICUへむかう。看護士さんが励ましてくれるが
       高熱と息苦しさで返事をする元気もない。
       ERとかでこんなシーンがあったよなあ。と思い出しながらまた失神。

7月16日(日) 発熱4日目

早朝5:00頃? 眼がさめると薄暗い部屋にひとりベッドの上だった。
          眼鏡もないので周りもぼんやりとしか見えない。
ここはどこなんだろう。いったいどこなんだ。
          まるで400m全力疾走後のように呼吸と心臓が苦しい。
          顔には酸素マスクがつけられで酸素がすごい勢いでふきこまれて
喉が渇いて たまらない。
          左腕には点滴の針。胸には心電図の電極が5、6個張りつけられていた。
          体を起こそうとしたが力が入らない。

          しばらくすると看護師さんが声をかけてくれ、発作が起きたのでICUに
運ばれてきたことを教えてくれる、
          ようやく少しずつ昨晩のことを思い出してくる。

          喉が渇いてたまらないので水を飲みたいといったがダメ。うがいだけ。
          マスクははずしてもいいのかと尋ねたがダメ。
          体を起こして外をみたいといったがダメ。
          何かあったらナースコールをおしてといわれ看護師さんは去っていった。

          身の周りにおいていた左腕のG-Shockも外されて時間もわからない。
          携帯電話もない。本もない。
          もう助からないのかもしれない。
          もうこの部屋からは出られないのかもしれない
          それなら死ぬまでに一度家に帰りたい。という気持ちがわきあがる。

          ナースコールを押す。すぐに看護師さんが来てくれる。
          家に帰してください。それはできません。
          それならカミサンを呼んでください。今は家に戻っています。
          お願いです。すぐ呼んでください。お願いします。わかりました。
          看護師さんは去っていった。

          またもや薄暗い部屋の中取り残される、
          カミサンと話がしたい。それだけを考えながら待つ。
          まだ? まだ?まだ? ただ待つことのつらいこと

7時頃      カミサンがようやくやってきた。
          家に帰らせてくれ。とひたすら訴える。このときは本当にもう助からないと
          思っていたから。
          カミサンは手を握ってだまって聞いてくれた。20分も訴えていたろうか?
          カミサンの治療を受けようということばに説得される。
          (このときカミさんは主治医からは心不全と肺炎による呼吸困難で危篤
           状態と説明されていた。
           これ以上容態が悪くなると挿管(喉に呼吸用の管をさしこむ)しないと
           いけないと。よく取り乱さず黙って話を聞いてくれ励ましてくれたと思う。
           今、あらためて感謝)
          
           そしてカミさんには、
           私物の入っているぼろぼろのかばんをもってきてくれること。
           両親に病院に来てくれるよう連絡してくれるよう頼んだ。
 
          ・・・ 続く・・・
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by toyooka-tuma | 2006-07-16 07:34 | 急変
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