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ICUから一般病棟へ(夫からのメッセージ)

豊岡@ICUから戻ってきました。
7月26日深夜、容態が急変したため再びICU(集中治療室)に
行き、29日、一般病棟に戻ってきました。
ようやく小康状態となったため、このメールを書いています。

7月26日深夜1時半頃、突然胃けいれんにより
濃褐色の血を吐血、さらに強烈な下血(血でまっかな水溶便)が続き、
その間隔も1時間から5分間隔と短くなり脱水状態に陥り、
朝の8時頃にはトイレにしゃがんだまま気絶、
十二指腸付近に大きな炎症があることが判明し、
27日昼にはICUへ移りました。

ICUでは大量に点滴を投与(12本/日)によりなんとか
脱水症状を回避、しかし下痢は1時間おきに一晩中続き
ほとんど眠れず。

主治医の先生方も、この容態の急変にはやや困惑気味で、
抗生物質を大量に投与したため、身体全体の抵抗力、免疫力が
低下したためではないかと考え、治療方針を、点滴で体内の
菌・毒素を洗い流しつつ、私の身体の本来の抵抗力、免疫力で
治すという方向に大きく変更することになりました。

ここからが本当に病気との闘いの始まりです。
勝つためには手段を選ばずと、カミサンからは筑波山の破魔矢を借り、
妹からはじいちゃんの形見である手彫りの鏡を借り、
後輩からは自然治癒力を高めるという水をわけてもらい、
最後はやはり、自分の気力、体力、免疫力を高めるため
体調を整えています。

精一杯やって病気に打ち克ちます。
皆さん、これからも応援よろしくお願いします。

2006年7月29日 豊岡幸太郎(妻代筆)
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-30 22:06 | 夫からのメッセージ

再生9日目(20060727 20:20のメモ)

またICUだ、、、
皆様、治るよう念を送ってください!!!
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-27 20:35 | 再生

再生8日目(20060726 23:05のメモ)

昨日からの胃痙攣と下痢がおさまらず、今日は胃カメラ。
かなりつらそうだ。
結果、十二指腸潰瘍に発赤ができていると。

消化器を休めるために絶食。
点滴は増える。

尿検査の結果を見て、腎臓内科のK先生も診てくださる。
おそらく脱水状態で、腎臓医の立場からは、抗生剤や注射は少なめで
点滴で水分を補給していく方向で行きたい、と。

抗生剤の処理で、腎臓ちゃんも疲れきっているのではないか、
と夫とぽつぽつ話す。
「もうあと、流しきるだけのような気がする。デトックスだ。」
と。
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-26 23:18 | 再生

再生5日目(20060723 21:50のメモ)

治療経過やメモを見直して思う。
あのとき、もしかして夫は敗血症性ショックを起こしていたのではないかと。

でも、15日夜の急変はショック症状なのではないか、と
M先生とK先生に聞いてみたとき、
「ショック症状ではない、ショックの定義は夫の状態と違う」と先生が声高に否定したのは何故か?

先生のいうとおり、ショック症状ではないのか、
ショック症状なのに、適切な指示ができなかったのがやましいのか、
もしかして夜勤の看護師がたりなかったとか?

・・・何かやましい部分があって、一生懸命になってくれている部分もあると思うのは、疑心暗鬼に違いない。
きっと疲れて、正常な判断ができなくなっているのだ。
ぶどう糖でもなめて寝よう。。。
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-23 22:04 | 再生

再生4日目(20060722 06:00のメモ)

近所のデパートへ、自分がソファで眠るための軽い掛け物を
開店ダッシュで買いにいく。
前は、開店と同時に店に入る人を不思議に思っていたが、
こういう事情の人もいるのだよな当然。
今まで、視野が、狭かったよ。

10時半すぎ入室。
顔色よく、意識もはっきりしている。排泄も固めのがあったということで
ポータブルトイレへの移乗も、手を借りればできるようだ。
昨日心配された口も開くようになっている。
後は首をまわすのが難しい点だが、それは今日の午後にでも
MRI検査で調べていただくとの事だ。
今朝の回診もM先生がいらしたとのこと。

MDで静かに音楽を流してみる。バッハのピアノ曲。
いいね、と夫が云う。

*朝の巡回時------------------------------------------

体温 37℃
血圧 140/?
(本人ヒアリングのためアバウト値)

点滴類
1.ソリダ-T3 500ml/B 20ml/n
2.ダラシンS注 600mg/4ml/A +生理食塩水 100ml/B
3.プレドパ 200mg 5.0ml/h
---------------------------------------------------------
途中うがいの後むせこみでぜえぜえし、ナースコール。1分で来る。
上体を起こしめにし、体位を整える。聴診器、酸素飽和度見る。
呼吸おちつく。

*16時の巡回時------------------------------------------

体温 38.7℃
血圧 144/76
酸素飽和度 99

点滴類チェンジ。
2.カルベニン点滴用 0.5g/v +生理食塩注2ポート 100ml/v
---------------------------------------------------------
点滴が落ちず、左手に刺し替える。
いろいろ刺していた身のため、痛いポイントなどがあり、それを避けた静脈を探るのに苦労している。
この看護師ちょっとコギャル入っているかな。
氷枕と腋下冷却。
その後MRI検査へ。

*17時半 F先生回診-----------------------------------

体温 37.2℃
血圧 134/70
---------------------------------------------------------
心臓は小さくなっており、あの状態は細菌性のものだったかも、
ただし心筋障害など、筋肉が壊れているという所見はないと。
通常人体は5Lほどの体液が流れているが、4Lほどにおさえ、
心臓の負担を減らしていると。
状態が良いので、プレドパは5.0ml/hから3.0ml/hへ。
明日熱がなければ超音波検査。

F先生のことは、私も夫も結構好きだ。

*18時 M先生とK先生、MRI検査の結果を教えてくださる。

背骨や脊髄には、炎症などは見られない、首も膿瘍などは見られない、
ただ、リンパ節はまだ三箇所ほど腫れているところがあると。

「ここは大学病院みたいに検査に一週間待ちということもないし、
 フットワーク軽く対応していますのでね。」
本当にありがとうございます、と返す。
無事に戻ってこれば、何も云わない。 

昨日はめそめそしていたが、今日はもう、絶対二人で生き延びてやると決めている。
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-21 22:49 | 再生

緊急入院

緊急入院しました。皆様健康に気をつけて。
豊岡@つくばです。皆さんごぶさたしています。
件名の通り、7月15日より緊急入院しています。

病状は、深頚部(のど)の感染症による高熱(約39度)、
体力低下の状態で心不全を併発し、もし少しでも処置が遅れていたら
皆さんにこの手紙を書くことはできなかったはずです。

その後も高熱(約39度)、呼吸困難が続き、
7月18日午後ようやく平熱となりました、が、
血液検査の結果は、内臓の炎症と、細菌またはウイルスが存在
していることを示しています。

そのため、完治のめどはまだたっていません。
勤務先にも入院による長期休暇を申請しました。
当面は、カミさんに支えてもらいながら、治療に専念していきます。

発症の原因は特定できていませんが、ストレスと過労が要因の一つに
あることは間違いないと思っています。
皆さんも、体調管理にはぜひ注意してください。

あまりに突然のことで、うまく言葉にできていませんが、
長い間お世話になった皆さんには、状況を伝えておくべきと思い、
ペンをとりました。

2006年7月19日 豊岡 幸太郎 (妻 直子代)

---

妻の直子です。

上記の通り、15日は「扁桃炎をこじらせたね、でも一週間で治るよ」
との事で一般病棟に入院したのですが、夜中に急変し、
集中治療室で治療を受けておりました。

このように、まだ落ち着かない状況であるため、
お気遣い等は当面ご遠慮したいのですが、
気落ちしている本人のため、何か思い出話みたいなものでも、
ちょっとあったかいコトバが頂ければ、夫婦ともども力がつきます。

もしよろしければ、メールこちらに頂けたら、
プリントアウトして、彼に見せてあげたいと思います。

minanao-t@nifty.com

こんなお知らせなんです、、、。
また元気な姿で、皆さんにお会いできる日を願ってやみません。
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by toyooka-tuma | 2006-07-19 11:05

イントロダクション(20060717 0200のメモ)


不安で眠れない。
どうなるのか。大丈夫なのか。考えてもしょうがないことが
ぐるぐると頭をよぎる。何も手につかない。

たぶん、頭に血が上っているためだろうか、
喉が乾き、水をごくごく飲む。
上はサマーニットを着て横になっているが、
(すぐ飛び出せるよう)
不安でたまらない。
こういうとき、何もする術を持たないのだと、初めて知った。

すがるものがほしい。
どうしたらいいかわからない。

始まりは、、、書き出すと長い。
後にしよう。


患者は、主訴と症状からしか訴えることしかできないのだ。
でも全力で叫ぶ。何とかしてほしいと。

私は、約束する。・・・・・と。
だから助けてほしい。
絶対助けてほしい。

(7/17日(月) 2:00のメモより。)
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-17 23:15 | イントロダクション

急変後(20060717 22:00のメモ)

今日も長い一日だった。

今日もネットで薬剤を検索していて、ふと。
急に「医療事故だったのではないか」という思いが抜けない。
疲れているのだろうか???
疲れているのだろう。きっと。たわごととして記しておく。

やはり焦点となるのは7月15日夜の抗生剤の投与についてだ。
ペントシリンと、ダラシンS。
ペントシリンの副作用を見ると、けっこう怖いことが書いてある。
http://www.e-pharma.jp/dirbook/contents/data/prt/6131403E1026.html

4. 痙攣、神経症状、ビタミンK欠乏症状、低プロトロンビン血症、出血傾向
  記載場所: その他の副作用 頻度: 頻度不明

5. 過敏症、発熱、発疹、そう痒、顆粒球減少、好酸球増多、AST上昇、
 GOT上昇、ALT上昇、GPT上昇、Al-P上昇、LDH上昇、悪心、嘔吐
記載場所: その他の副作用 頻度: 5%未満

ペニシリン系のペントシリンの副作用と、夫の状況は
かなり一致してはいないだろうか・・・

9時ごろ ゆっくりと投与開始
1時半  吐き気、便失禁、意識喪失
5時   指先しびれる、胸が苦しい

とすると、16日1時半に、吐き気と便失禁があったとき、
投与の中止や、投与量の確認はどうだったのだろうか?
H看護師は、「K先生の指示を受けて、投与を継続した」と言っていた。

抗生剤の副作用によるショック症状だったのではないか???
それを、もともとあった心疾患が偶然同時に出現したと言っているのでは?

・・・わからない。
カルテの写しをもらうべきであろうか。
でも、夫を人質にとられている以上、そんなこともできない。

きっと、疲れているのだ。
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-17 05:46 | 急変

急変1日目の朝(20060716 メモ)

16日日曜日。
朝6時ごろ、目が覚めた。
「9時ぐらいに病院来ればいいって言っていたのに、
 早く目が覚めちゃったな・・・」と思った。
と、電話が鳴る。

TG病院からだった。

急なことで驚かれると思いますが、ご主人は急変されて
集中治療室へ運ばれた。できるだけはやく来てください、
と、電話の向こうで言っていた。
半分夢の中のような気持ちで、両親も呼ばなければ
いけないような状況でしょうか、などと聞くが、
とりあえず、すぐ奥様に来ていただきたいと。

すぐ、って言っても力が入らなくて運転やばいよ、、、

もたもたしていると30分ほど過ぎ、もう一度電話がある。
自分にかつを入れて飛び出す。

ICUがあるという2階に行くと、確か昨日の夜アナムネとった
H看護師がいる。あれ、5階のナースだよな、、、と
思う間もなく、ICUに案内される。
今思うと、待っていてくれたのだろう。

まずは説明用の小部屋に通される。
緊急外来で診てくれた女医、K先生が説明してくださる。

・夜中1時半ごろ吐き気があり戻し、その後便失禁、意識喪失。
・5時ごろには胸が苦しく、指先がしびれるとの訴え。
 心レントゲンと肺CTをとった結果、心不全状態で、肺に影がある
 →肺は、吐いたものが入ったか炎症かはわからないが炎症の可能性が高い
 酸素飽和度、入院時97%だったものが82%。

上記の状態であるため、酸素はMAXで12リットル入れている。
ヴィーンFとラシックスを投与している、と。

ICUの看護師からは、夫がかなりとりみだしており、
私の名前を叫んだりもしている、まずは落ち着かせてほしい、
と言われる。

ICUに入る。
12床ほどのICUの真ん中に夫はいた。
酸素マスクとたくさんの管、そしてモニタ。
息も苦しそうで、喉の渇きをしきりに訴える。
お水を飲ませてあげたいのですが、と言うとうがいしか
だめだという。

昨日と顔つきが違う。
どうしてこんなことになったのかわからなくて、混乱する。

少し落ち着いたころ、もう一度、先生の説明があるからと
説明室に連れ出される。
(続く)
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by TOYOOKA-TUMA | 2006-07-16 08:00 | 急変

イントロダクション その3 (20060715患者本人のメモ)


7月15日(土) 発熱3日目
早朝5:00頃?あいかわらず高熱でよく眠れず。しんどくてたまらず。
もう週末だし転院して入院しないとまずいと感じる。
      診療にいってもうまく説明できないだろうとメモを書き出す。

8:45  M医院(3日目)  診療
      検温 39℃以上。左頚部の腫れはどんどん大きくなり5cm以上。
      転院を申し出て紹介状を書いてもらう。
      抗生物質を点滴でうってもらうが吐き気がして途中でやめてもらう。

12:30 紹介状をかいてもらいカミサンの車で某総合病院へ移動し緊急診療。

13:30 担当科の先生が不在のため診断できず。別の病院を紹介してもらい、
      カミサンの車で再度移動。

15:30 再紹介されたT病院で緊急診療をしてもらう。
      受付待時高熱で意識もうろう。あやまって女子トイレにはいってしまい、
      カミサンが連れ出す。このときの緊急検査・診断では
      扁桃腺から雑菌が進入 → 毒素が体内に進入 
→ リンパ腺左頚椎の腫れ → 高熱(39~40℃)

17:30頃? 一般病棟に入院
        抗生物質・点滴、解熱剤を処方される。

19:00頃? 夕食 通常食を完食。解熱剤が効いたか楽になる。
  抗生物質をうって一週間ぐらい入院かな。。。ということで
まあやれやれと思っていたところが。。。。

深夜2:00頃? 突然猛烈な吐気。夕食を全てもどしてしまう。
       なんとか壁際のナースコールに手を伸ばし「苦しい...。」と伝えた直後気を失う。
      
 ?分後? ナースに頬をたたかれようやく気がつく。顔は吐瀉物まみれ。
さらに失禁。 吐気。そして心臓をぐっと握りつぶされているような痛みで
呼吸ができない。
        
早朝4:00頃? 2回目の発作 
        ナースに背中をさすってもらう。吐気。でももう吐くものがない。
       心臓のしめつけられるような痛みはますます強くなる。
       採血、心電図。ICUの夜勤の先生の判断でついにICUへ
       ストレッチャーにのせられICUへむかう。看護士さんが励ましてくれるが
       高熱と息苦しさで返事をする元気もない。
       ERとかでこんなシーンがあったよなあ。と思い出しながらまた失神。

7月16日(日) 発熱4日目

早朝5:00頃? 眼がさめると薄暗い部屋にひとりベッドの上だった。
          眼鏡もないので周りもぼんやりとしか見えない。
ここはどこなんだろう。いったいどこなんだ。
          まるで400m全力疾走後のように呼吸と心臓が苦しい。
          顔には酸素マスクがつけられで酸素がすごい勢いでふきこまれて
喉が渇いて たまらない。
          左腕には点滴の針。胸には心電図の電極が5、6個張りつけられていた。
          体を起こそうとしたが力が入らない。

          しばらくすると看護師さんが声をかけてくれ、発作が起きたのでICUに
運ばれてきたことを教えてくれる、
          ようやく少しずつ昨晩のことを思い出してくる。

          喉が渇いてたまらないので水を飲みたいといったがダメ。うがいだけ。
          マスクははずしてもいいのかと尋ねたがダメ。
          体を起こして外をみたいといったがダメ。
          何かあったらナースコールをおしてといわれ看護師さんは去っていった。

          身の周りにおいていた左腕のG-Shockも外されて時間もわからない。
          携帯電話もない。本もない。
          もう助からないのかもしれない。
          もうこの部屋からは出られないのかもしれない
          それなら死ぬまでに一度家に帰りたい。という気持ちがわきあがる。

          ナースコールを押す。すぐに看護師さんが来てくれる。
          家に帰してください。それはできません。
          それならカミサンを呼んでください。今は家に戻っています。
          お願いです。すぐ呼んでください。お願いします。わかりました。
          看護師さんは去っていった。

          またもや薄暗い部屋の中取り残される、
          カミサンと話がしたい。それだけを考えながら待つ。
          まだ? まだ?まだ? ただ待つことのつらいこと

7時頃      カミサンがようやくやってきた。
          家に帰らせてくれ。とひたすら訴える。このときは本当にもう助からないと
          思っていたから。
          カミサンは手を握ってだまって聞いてくれた。20分も訴えていたろうか?
          カミサンの治療を受けようということばに説得される。
          (このときカミさんは主治医からは心不全と肺炎による呼吸困難で危篤
           状態と説明されていた。
           これ以上容態が悪くなると挿管(喉に呼吸用の管をさしこむ)しないと
           いけないと。よく取り乱さず黙って話を聞いてくれ励ましてくれたと思う。
           今、あらためて感謝)
          
           そしてカミさんには、
           私物の入っているぼろぼろのかばんをもってきてくれること。
           両親に病院に来てくれるよう連絡してくれるよう頼んだ。
 
          ・・・ 続く・・・
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by toyooka-tuma | 2006-07-16 07:34 | 急変